2. 価格破壊という現象に思うこと
価格破壊」という言葉を聞くようになって久しくなります。このところ「デフレ」という言葉に置き換わってきたような気もするのですが、このような消費活動を続けていったあとに待っているのは、どんな社会なのだろか、とつい考えてしまいます。
私の住んでいる町は山に囲まれた小さな田舎町で、これといった産業もなく、いくつかの誘致企業や小さな縫製工場がある程度です。これらがこのところ相次いで大幅な規模縮小、もしくは閉鎖に追い込まれているようです。なにかを生産するには、人件費も、原材料も、地代も高くて採算がとれなくなってきているのでしょう。生産、或いは製造の現場が、消えて行く。しかし、このままでは、この国では、誰も、何も作らなくなってしまうのではないか、と思ってしまいます。こと、食料に関してなど、本当にそれでいいのだろうか、と思わずにはいられません。
作るよりも買った方が安い。たとえば、農家でも、売るための野菜は作っても、自分で食べるための野菜は作らなくなってきているといわれてきています。自分で作るよりも、スーパーで買った方が「安い」からです。また、私どものような小さな醸造屋は、大手メーカーから見ればすでにお客さん的な存在になってきています。製造するために必要な設備や労働力、衛生管理などにに資本を投下し、リスクを背負うよりも、「買って」しまった方が「安く」て「ラク」だからです。
例えば、現地産の無農薬大豆、無農薬米を使用しているという海外で作られた味噌なども、私どもの原料原価よりも安い価格で営業に来られたりします。しかも、それがスーパーなどで私どもの味噌よりも高い価格で販売されたりしています。一瞬、身体の力が抜けそうにもなります。しかし、私の生業は、ただ原料を購入し、加工して販売しているだけではありません。どんな原材料を使うか、ということは、誰に対して、何に対してお金を支払うか、ということとイコールです。守りたいもの、育てたいものが、そこにはあります。
何も生産しない国、できない国。それをみんなが望み、選ぶならそれもアリなのかも知れません。残るのは、流通と情報だけなのでしょうか。しかし、少なくても、そうなったときのことを想像し、認識しておく必要はあろうかと思います。
思えば小学生の頃、友人たちの親の職業といえば、商店か農家でした。今より豊かではなかったでしょうが、それでそれぞれに成り立っていたのだと思います。やがて農家が勤めに出て兼業になり、商店も店をたたみ始めました。「いやー、勤めの方がよっぽど気がラクだよ」みんな、口々にそう話していたのを、思い出します。しかし、それらの工場が、次々に閉鎖。リストラ。この町に、何が残ろうとしているのでしょうか。
縫製工場に勤めていた知人に、「ところで、ご自分の衣類はどこで買っていたんですか?」と聞いてみたところ、安売り衣料店だと答えてくれました。つまり、自分で製造したものを、自分では消費していなかったということです。これでは、その縫製工場のニーズはなくなるはずだと思うのです。
生家が商店だった私は、自ずと買い物はお得意さんのお店がほとんどでした。それは正直なところ不自由ではありましたが、お互いに支えあっていたことを考えると、必要な行為だったのだと思います。
何かを買う、お金を払う、という行為は、或る意味で相手の経済活動、企業活動を応援する、支援する行為だと思っています。それが社会的に必要なものであれば、誰かが支え、或いは育てていくべきでしょう。「高い」「安い」よりも、もっと大切な座標軸があるはずです。そう考えると、「価格破壊」という現象は、この国における生産現場の破壊を意味し、やがては自分たちの生活の破壊につながっていくのではないかとさえ、思います。
土や水を汚さない農業、そんな農業を志し、土と向かい合っている方がいらっしゃいます。そんな方に、原材料を作っていただきたい。そしてありがたいことに、そんな私どもの作る味噌を、楽しみに待っていてくれるお客さんがいらっしゃいます。ですから、より喜んでいただけるようなものを作るために、頑張りたい。そんなことを、改めて思っているこの頃です。
五月女清以智
はるこま屋代表取締役
*らでぃっしゅぼーや会員誌「お話サラダ」2001年掲載原稿から
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by saotome at 2004年10月08日 09:12 | トラックバック